第3章 ネコ
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家畜化の過程で重要な役割を果たす行動シンドローム
多くの脊椎動物における性格次元において用心深さ―大胆さと呼ばれる尺度のこと
著者の二匹の猫は短期間ではあったが性格形成に関わる要因が豊富な生活をしていた。それがそれぞれの性格に影響を与えたのは疑いない
スモークは同腹の4匹のうちの唯一の雌でちやほやされていた
シルヴェスターは雄3匹の中で一番小柄だったので、兄弟との競争に勝てずに遅れを取っていた
室内ネコとして大事に育てられてきたという経験は共通している 野良ネコなどを含めた大きな枠組みの中で見れば、彼はそれほど人見知りとはいえない
ネコにとっては生後初期、特に離乳前の時期に人間と接することが、後に人間に対してどのように反応するかということに大きく関わっている
「野良」という語
街中にいる「野良」ネコは比較的最近やってきたもの
大半は捨てネコの2~3世代目の子孫で、程度は異なるが人間に餌をもらっている
「野ネコ」は人間の手を借りることなく、食物の確保をすべて自力で行い、その状態で何世代にも渡って繁殖しているもので野良ネコと区別する
野ネコも半野良のネコも飼いネコも、みんな祖先は野生のヤマネコ 仮にヤマネコを飼いネコと同じ条件で育てたとしても人には馴れにくく、どんな野ネコでもそれよりはずっとフレンドリー
家畜化の過程で遺伝的・心理的に変化してきたから
飼いネコでも身体的にも心理的にも野生の祖先によく似ている
イヌはオオカミ的な犬種であっても、祖先のオオカミにそこまで似ていない ざっくりいえば、イヌのなかにあるオオカミ的な部分よりも、飼いネコの中にあるヤマネコ的な部分の方が割合が大きい
ネコはイヌとはいささか異なる経緯で家畜化された
両者に共通した重要な特徴もある
イヌとネコの家畜化における相違点と共通点は、それぞれの祖先であるオオカミとヤマネコの進化の歴史と大きく関係している
ネコ科
ネコとイヌは、哺乳類の食肉目という同じグループに属するが、両者は二本のかなり離れた分岐上に位置する 最大の違いはネコ分岐のメンバーの方が完全な肉食に近いということ
ネコ分岐のなかで肉食傾向がもっとも顕著なのがネコ科である
ネコ科の動物は絶対的肉食動物であり、動物性タンパク質だけを代謝できると考えられている ネコ科特有の特徴には、肉への依存を反映しているものがある
わかりやすいのは歯
食肉目の動物の前臼歯と第一後臼歯は特殊化し、ハサミできるように肉を引き裂くことができるようになり、裂肉歯と呼ばれている 裂肉歯とそれ以外の臼歯の大きさの比率を見れば、その動物の食物のうち、肉由来のタンパク質がどの程度の割合になるのかがわかる これはクマが植物性の餌をかなりの割合で食べているからだ
イヌ科では裂肉歯も臼歯もどちらも大きい
肉由来のタンパク質と植物由来の炭水化物の両方を比較的バランスよく食べるのを反映している
ネコ科動物の裂肉歯はイヌ科動物よりも大きく、後臼歯は退化している ネコ科では犬歯もイヌ科より大きく、切歯はイヌ科よりも鋭い ネコ科動物の歯は切断用にかなり特殊化しているため、イエネコも含め、咀嚼ができない 食肉目でも霊長目でも、哺乳類では食餌に占める植物質の割合が大きいものほど消化管が長い。植物質は消化に手間がかかるからだ。陸生の食肉目の科のなかでも、ネコ科動物の消化管は最も短い。食餌が高タンパク質であることは味の好みにも反映されている。ネコ科動物は動物性タンパク質を摂ることで塩分を摂取するので、一般に塩味に対する感受性が低い。また、甘みはまったく感じない ネコ科動物の進化史上最大の革新は、爪に関するものだろう
クマは足裏を地面につけて歩く(蹠行)が、ネコは実はつま先立ちをして歩いている(趾行) 趾行は歩幅がかなり広くなるため、歩行や走行に有利
だが、歩行中に常に爪が摩擦を受けてすり減ってしまう
ネコ科動物では、格納式の爪が進化したことによってこの問題が克服されている
爪の出し入れは筋肉によって行われる
爪一本一本の上下に筋肉が付着している
イヌ科動物とは対照的に、ネコ科動物は主に待ち伏せ型の捕食者であり、ひと噛みで獲物を殺す
獲物のサイズによって噛みつく場所は異なるが、頭か首、背中を狙う
ライオンは死ぬまでにあまり時間はかからないが、リカオン(イヌ科)が大きな獲物を襲う場合、ひと噛みでは致命傷にならないので何度も何度も噛む ネコ科動物のそれ以外の35種はイエネコの祖先も含めすべて単独制のハンターであり、主に単独で生活する
ネコ科が進化の舞台に初めて登場したのは約3500万年前、新生代の始新世末期のこと 現存するネコ科動物の最近の共通祖先は、約1100万年前(中新世)にユーラシア大陸に棲んでいた イエネコの属するネコ属を含む系統が現れたのは620万年前(中新世の終わり) これがイエネコの祖先
オオカミと同じようにこのヤマネコは分布範囲が広く、北はスコットランドから南はアフリカのケープ区まで、西はイベリアから東はモンゴル地方まで、ユーラシア大陸やアフリカ大陸の大部分に生息する
リビアヤマネコは基本的なボディプランにおいて典型的なネコ科の動物で、肉食に特化し、単独行動し、排他的なテリトリーを構えて防衛する
いずれもオオカミとは異なっており、こういった特徴は家畜化には向かない ネコの家畜化過程が逸脱した毛色をとった理由も、大部分はこのような特徴から説明できる
ネコの自然選択では全過程を通じてネコ自身による自己家畜化が起こってきたのであり、人間の意図に合わせて人為選択が行われるようになったのはごく最近のことで、しかもその対象は世界中に六億匹いるイエネコのほんの一部でしかない 五亜種のなかではリビアヤマネコが最も人間に馴れやすい
この亜種だけが家畜化されたのは、それが決め手になったわけではないだろう
ネズミとの関連
しかし、近年の考古学や遺伝子の証拠によれば、イエネコの起源は別の地域にある
遺伝子の証拠は、リビアヤマネコの生息域内で多くの個体から集めたミトコンドリアDNAの研究から得られたもの
その地域に生息するヤマネコがハツカネズミを新たな食物源として当てにするようになり、なかには人間の居住地あたりをうろつき始めるものもいた
ネコの家畜化のパイオニアとなった彼らは、人間の手を必要としなかった
逆に、人間や、ヴィレッジドッグなど大型の捕食者に対して進化してきた心理的障壁を克服しなければならなかった 要するに、人間が定住して農業を行うようになった地域では、ヤマネコに新たなニッチがもたらされた ネコの側としては、この新たなニッチに入り込むためには、人間とそれほおど関わりのなかった以前のニッチとは異なる行動傾向が必要になった
従順性を対象とする自然選択によって、一部のヤマネコはこの新たなニッチでどんどん繁栄するようになった しかし、同じくこのニッチを利用したイヌとは対照的に、ヤマネコは従順性を得てからも、それまでの進化で得ていた狩りのための技術や身体的な特徴をそのまま保持し続けた これら比較的従順性の高いヤマネコたちは、地域内の従順性の低いヤマネコと争っても屈することはなかった
そのような状態が家畜化の過程が始まってからかなり長期間続いたと考えられる
その後、ネコと人間の関係は互いにただ利用し合うだけの段階を超えることになる
人間とネコが、同じ方角を向くように並んで埋葬されていた
ネコはもともとキプロス島にはおらずネズミのように上手に密航できるわけではないので、このネコは人為的に移入されてきたと考えるのが妥当
後の時代ではイスラエルの遺跡から数本の歯が発掘されているくらいで、考古学的な記録には長い空白がある
イスラエルでは象牙でできた小ぶりな像が見つかっているが、3700年前のもの
このエジプトの「黄金時代」では、時代が下がるにつれ、ネコが絵に登場することが増えていく
神格化は特権をもたらしたが、代償もあった
多数の聖なるネコが宗教的儀式のために犠牲になり、エジプトの風習に従ってミイラにされ、ネコ用の墓地に埋葬された
ネコの埋葬がかなり大規模に行われていたことから、当時のエジプト人が積極的にネコの繁殖を行っていたのは明らかではあるが、その繁殖が選択的であったかどうかは定かではない
このとき、社交性を高める方向の選択の結果として尾を立てるディスプレイが進化したのかもしれない、と彼らは推測している
だが、それはエジプトでネコが流行した時期以前になるので、もしもこの「都会のネコ」が本当に家畜化されていたのだとしたら、西アジアからやってきたのだろう。
2030年前にはローマ人がナイル川デルタ地帯を含めたエジプト北部を掌握した
港湾都市アレクサンドリアから出向する穀物船には、ネズミから穀物を守るためにネコが乗せられた
その結果、ネコはローマ帝国全域に運ばれていくことになった いずれにせよ、ネコは船上の生活によく適応し、ネコの分布の世界的拡大にとって、船による輸送の果たした役割は非常に大きい(Todd, 1977) たとえば、オレンジ色の縞模様の雄に見られる伴性突然変異やメスの二毛(サビ猫)/三毛は、トルコ西部に由来するようであり、そこからヴァイキング船でブルターニュやブリテン島、スカンジナビアへ運ばれた いずれにせよ、まもなく多くの港湾都市にネコのコロニーができ、ネコはそこからさらに内陸へと進出していった
ネコというのは生まれたところを離れない傾向があり、放っておいたらそれほど移動することはないので、この内陸への移動にもおそらく人間が絡んでいると考えられる
アメリカに渡ったのはもっとあとの時代である
早ければクリストファー・コロンブスの航海のとき(1492~96)だが、もしかしたらメイフラワー号(1620年)まで渡っていなかったかもしれない ローマ帝国時代にはネコの東方への移動も始まった
ローマと中国間の交易路に沿う移動
さらに中国から東南アジアの大陸部、そして諸島部へも進出した
地中海地方を通りヨーロッパ北部へと向かう西方への移動は、土着のヤマネコ集団のいる領域を横切るものだったが、インドの大部分、中国、東南アジア全域を含む東方への移動では、経路のほとんどは土着のヤマネコのいない地域を通るものだった
そのため、西洋のイエネコは土着のヤマネコとさまざまな程度で交雑し続けた一方で、極東のヤマネコは隔離された状態で進化していった
遺伝的浮動と自然選択
イヌがいくつかの異なる在来種に分化したように、イエネコでも同様の事が起こった
ただし分化の程度はイヌに比べてかなり低い
東南アジアにおけるネコの在来種の分化では、自然選択とはまた別の、遺伝的浮動という現象がかなり強く働いている この変化は自然選択に関して中立であり、適応度に影響を与えない たとえば、シャム、コラット、バーマンという在来種では、毛色の多様性のもとになる遺伝子にこの現象が起こった
遺伝的浮動の程度は集団のサイズにより異なり、集団が小さいほど起こりやすくなる
母集団が小さいほど、ランダムに起こる現象の影響が大きくなるから 大まかに言うと、交配可能な個体の数のこと
ある集団と別の集団との間で交雑が起こると、集団感で遺伝子のやり取りが行われることになる これは遺伝子が集団から集団へ流れるように移動することから「遺伝子流動」と呼ばれている 遺伝子流動が二集団間で起きると、集団の有効な大きさは最大で領収団の個体数をあわせたものにまで増大する
集団を構成する個体数が同じ場合、遺伝子流動がなく遺伝的に(生殖的に)隔離された集団の方が、遺伝子流動のある集団よりも遺伝的浮動が起こりやすいわけだ
家畜の在来種では、在来種内の遺伝子流動だけでなく、野生集団と在来種集団間の遺伝子流動も考慮に入れる事が重要である
野生集団と家畜の在来集団との間に遺伝子流動がある限り、遺伝的浮動は制限される
だが、東南アジアのネコのように野生集団が存在しない場合は、遺伝的浮動にとって絶好の条件である
シャム、コラット、バーマンの毛色のバリエーションはおそらく遺伝的浮動の結果によるものがほとんどで、のちに人為選択によって強化されたものだろう
とはいうものの自然選択も作用しているのは、東南アジアでも他の地域と同様
温暖な気候である東南アジアやその他の地域の品種によく見られる形質
すんなりと細長い体型
北方の在来種(少なくともある程度は寒冷な気候への適応形質)
長毛
ずんぐり型やがっしり型の体型
前段で挙げた在来種由来の品種はすべて、人為選択や交雑によりできあがったものだが、人間は最低限しか介入していないので、「自然発生タイプ」というカテゴリーに入れられている(Wastlhuber, 1991) イヌの「古代犬種」でもそうだったが、「自然発生タイプ」というくくりは問題をはらんでいる
自然発生タイプの品種には数百年前から存在しているものもあるが、ネコの品種のほとんどは、ごく最近、20世紀後半に作られたもの
その頃ネコ愛好家がようやく仕事を始め、ドッグショーをモデルとするキャットショーが、上流階級の限られたサークル以外でも行われるようになった(Morris, 1999) 美学的見地からするとレフコイはネコ版のETのように見えると思う。
現在、ネコの品種は60種以上だが、今世紀終わりまでには倍増しているかもしれない
ネコの珍品種はどうやって作り出されたか
一腹の中に明らかに異なる表現型の個体がいる場合、それは突然変異によるものであることが多い ネコの珍品種の多数はそのような突然変異を出発点としている
この品種はイングランド南西部で発生したようで、そこから船で大西洋を渡ってニューイングランドに到達し、その地でかなり増えた
個体数が増加した理由の一つは、指の多いネコは幸運を運んできてくれる、と広く船乗りに信じられていたから
これもまた人間の気まぐれが家畜化過程に影響を与えた一例
多指症のネコの指の数の最高記録は、カナダのネコが打ち立てた27本
英国ネコ愛好家協会(BCFA)が動物虐待の観点から多指症のネコを認めていないのはありがたい話である(Dennis Turner, e-mail, Feburary 5, 2014) 橈骨形成不全(RH)という突然変異もあり、「ハンバーガーフィート」と呼ばれている この突然変異には骨のねじれを引き起こす性質があり、それに伴って、ポリダクティルとは別だが様々な形態の多指症が見られる この品種では骨のねじれがさらに激しくなり、前肢の骨にまで影響が及んでいる
トゥイスティーキャットは前肢が極端に短く、後肢が相対的に長いので、リスのような座り方をする
そのため、リス(squirrel)と子ネコ(kitten)をあわせて「スクィットン(squitten)」という異名もある 動物愛護的見地からヨーロッパでは禁止されているが米国では禁止されていない
無毛になる突然変異を起こしたものもある
実際には完璧に無毛なのではない
この手の品種で最初のものは、1966年に生まれた1匹の無毛の子ネコを出発点としている
ネコの新たな品種を作り出す方法には既存の品種との交雑もある
イエネコ以外の相手を交雑の対象として用いたブリーダーもいる
ジャングルキャットはイエネコやその祖先のヤマネコと同じネコ属(Felis)なので、交雑がうまくいったのは驚くほどのことではない
ベンガルヤマネコは少なくとも体のサイズという点ではイエネコと同じくらいだが、サイズの違うものと掛け合わせも行われている
最後の二例ではどうやって交雑を行ったのかはっきりしない。おそらく、二例とも雌がイエネコだったのだろうと思う。サーバルでもカラカルでも、誇り高い雌はイエネコの雄が上に乗るのを許したりしないだろう
妊娠期間の異なる二種間で交雑が起こると各種の障害が生じる。さまざまな発生段階で流産することが多く、まれてきたとしても特に雄は不稔性であることが多い。 またもや近親交配
単一の突然変異個体からスタートして新品種を作り出す場合、その創始者となる集団は二個体からなる
突然変異個体とその交配相手となる個体
突然変異を高レベルで維持するには、近親者との交配を行う必要がある
近親交配が密に行われるので有害な劣性突然変異が蓄積する サバンナやカラキャットなど、異種間での交雑では逆の現象が起こる
サーバルキャットととイエネコでは染色体数が異なるため、両者の交雑個体が減数分裂で精子形成や卵形成をする際、染色体の分配がうまくいくのかという根本的な問題が生じる 互いに関係の深い遺伝子群は、程度の差はあるが一つのユニット(複合体)として次世代に伝えられるのが普通である
異系交配の度がすぎると、この「共適応した遺伝子複合体」が崩壊してしまう
近交弱勢と異系交配弱勢を両極端として、その間のどこかに最適の状態がある
雑種のネコや雑種のイヌがまさにこの状態である
かなり異なる2品種を交配しても雑種強勢となる
確かに最初は雑種強勢が有効である
問題はブリーダーがその雑種をもとに新たな品種を作出しようとして、交雑によってできた子のなかから、望ましい特徴をもつほんのわずかな個体を選び出し、次の世代を作ること
人為選択を繰り返した結果、近親交配による近交弱勢がすぐに現れてくる
いわゆる自然発生タイプの品種は20世紀まで雑種強勢の状態だった
人為選択の効果は特にシャムで顕著
ヨーロッパと北米のシャムは、タイのシャムと驚くほど異なっている
実はタイのシャムは本国タイでは希少になっている
タイのシャムのほうが体が大きく四肢が長い
欧米のシャムはより筋肉質で、それほど細身ではない
頭骨はタイのシャムの方が大きく、特に丸っこい
ラザフォード・B・ヘイズ米大統領への贈り物として、欧米にシャムが初めてやってきたのは1878年のことだった
6年後には英国にはじめての繁殖用つがいが輸入され、その後、少数の個体がさらに輸入された
今日英国にいるシャムの大半はわずか11個体の輸入されたシャムの子孫である可能性がある
この小さな創始者集団の遺伝子プールは、標本誤差により、母集団であるタイの集団の遺伝子プールとは異なっていた可能性がある さらに、集団のサイズが小規模でありかつ隔離されていたために、遺伝的浮動によって偶然的な分岐を起こすことになったのである
珍しいシャムはキャットショーで大ヒットし、新たに人為選択に晒され、おかげでオリジナルのタイプから遠ざかって分岐することになった
この分岐進化は20世紀後半になって加速した
長めで細身の体、体に比べて小さな三角形の頭部、その三角形をさらに強調するように頭部の上部についた大きな耳、鼻の先端も細くなり、目はアーモンド型であるほどよい、といったタイプを審査員が好んだ
一部のブリーダーが、「伝統的」スタイルのシャムを保存しようと画策した
そのシャムはTICA(国際猫協会)に新品種として認められ、今ではタイと呼ばれている 近親交配による影響はかなり悲惨である
特に乳がんの発生率が高い
シャムの寿命は飼い猫の平均(15~20年)よりもかなり短く、ある研究によれば、平均10~12年だという
アビシニアンなど、他の「自然発生タイプ」の品種でも、寿命は短くなっている
長生きしたものは進行性網膜萎縮によって盲目になったり、その他、早い時期に老化が始まって障害を起こしやすくなったりもする
ゴージャスな長毛と短頭型で顔がつぶれているのが特徴
どちらの猫種もブルドッグほどグロテスクではなく、短頭につきものの疾患もそれほどひどくはない
といっても、ペルシャもヒマラヤンも呼吸障害や慢性副鼻腔炎に苦しめられているし、たとえ障害がなかったとしても、概して短命
アメリカンショートヘアーは自然発生タイプの品種であり、現在でもその状況は変わっていない
交配はネコ自身に任され、また、雌は望むママに複数の雄と交尾している
この品種の創始者集団には多数の個体が含まれており、自然選択によって頑健で機敏、手入れもそれほど必要ない完璧なイエネコとして進化した
適切に社会化されたなら理想のイエネコになる
ネズミ捕りがもっとも上手な品種を作り出そうという試みが進んでいる
完成すれば、機能を目的に作り出された、ネコとしては最初の品種ということになるだろう
アメリカンキューダは野良のアメリカンショートヘアーをもとに作出されている
繁殖計画の唯一の基準は、ネズミ捕りの能力が特に優れていることだけ
近親交配はこの能力を残ってしまうので、最小限に抑えられている
毛色や模様がきわめてバラエティに富んでいる
おもしろいことに、キューダのなかにはエジプシャンマウと非常によく似た個体も見られる エジプシャンマウはすべてのイエネコの祖先であるリビアヤマネコに、おそらく最もよく似ている品種
ネコのゲノミクス
ネコのゲノミクスは、イヌのゲノミクホド発展しているとはいえない それに続いてさらに10品種のゲノムが部分的に配列決定された
ネコの品種の遺伝的類似性には明らかな地理的要因がある
たとえば東南アジア産の諸品種は明確なクラスターを形成する
ヨーロッパと北米産の諸品種もクラスターを形成するが、東南アジア産ほど明確ではない
また、中央アジア、西アジア、北アフリカの諸品種もグループとしてまとまる傾向がある
多くの犬種で、ある突然変異が長毛を発現させていたことを思い出して欲しい
実際には、ネコではこの遺伝子に長毛を発現させる四種類の突然変異があり、いずれもイヌの長毛を発現させるものとは別の突然変異である
同じ遺伝子に起きた異なる突然変異が同様の表現型を発現させるというこの現象は実はよくあるものだ タンパク質は多数のアミノ酸がつながった鎖が折りたたまれてできており、鎖を構成するアミノ酸のうちどれかが突然変異によって置換されると、タンパク質の機能が失われることがある たとえば500個のアミノ酸の鎖からなるタンパク質があるとして、端から20番目のアミノ酸が置換されても、350番目のアミノ酸が置換されても、どちらも同じようにタンパク質が機能できなくなるかもしれない
同じ遺伝子座に位置する複数の遺伝子を対立遺伝子と呼ぶので、この場合、異なる対立遺伝子が同じ表現型を生じさせた、と簡単に表現することができる だが、同一の遺伝子に起きた異なる突然変異が発生過程に異なる影響を与える、つまり、異なる対立遺伝子が異なる表現型を生じさせるケースの方が多い
たとえば、被毛の色素形成で重要な役割を果たすチロシンに関わる遺伝子(TYR)がある 突然変異によってできた対立遺伝子が温度感受性をもつため、このような毛色パターンができる
この対立遺伝子をもつ場合、発生過程において先端部は他の部分よりも温度が低いためにTYR遺伝子の活性は低くなる
バーミーズの毛色パターンはその結果生じたもので、先端以外の部分はシャムよりも色が黒っぽい
だが、前章で述べたように、進化による変化の多くは、DNAのうちタンパク質をコードしていない非コード領域中の、遺伝子の活性を制御する部分に起こる 多指症もそういった非コード領域の突然変異の一つによって引き起こされる ソニック・ヘッジホッグは発生を制御するマスター遺伝子であり、ある種のタンパク質分子を作り出す
発生中の胚でモルフォゲンが細胞に及ぼす効果は、その濃度によって決まる
ソニック・ヘッジホッグも、そのようにして脳や四肢、その他の器官の発生過程で重要な役割を果たす
その活性はシスエレメントと呼ばれる、遺伝子のそばの非コード領域によって制御されている 四肢の細胞だけで働くシスエレメントはZRSと呼ばれる ZRSに起きた、ソニック・ヘッジホッグの活性を過剰に上昇させる突然変異が、多指症の原因である
多指症を引き起こす非コード領域の突然変異は、人間の発育異常のいくつかを引き起こす遺伝的メカニズムの一例でもある
純血種のイヌと同様、純血種のネコにみられる症状の多くは、人間にも共通して見られる
人間とイヌとネコは哺乳類として共通祖先から受け継いだものを共有している
ヤマネコのゲノムが解析されない限り、ネコのゲノミクスだけでは、ネコの家畜化を促進した遺伝的な変化についての情報は対して得られないだろう
だが、そのような遺伝的変化は解剖学的構造や生理的機能よりも行動との関係が深いことは予測できる
なぜなら、イエネコは行動面にいて、野生の先祖と最も異なっている
孤独好きとは程遠く
大半のネコは人為選択を受けないできた
彼らは自己家畜化を行った
被毛に見られる表面的な変化を除き、イエネコはヤマネコにきわめてよく似ている
実際、あまりにもよく似ているので、ヤマネコは交尾する際にイエネコを区別しない
ヤマネコのどの亜種でもそうだが、野ネコの生息域と近接していれば自由に交雑を行う
ネコとヤマネコ間の交雑は、オオカミとイヌの間の交雑よりもずっと起こりやすい
特にスコットランドとイベリア半島で顕著
遺伝子検査なしでヤマネコとイエネコを区別する方法は行動
イエネコはどれほど野生化していようとヤマネコよりもずっと社会的
ヤマネコは間違いなく単独制の生き物であり、行動圏内に排他的な領域であるテリトリーを構える
一方、イエネコは社会的な生き物
コロニーを作って生活している場合、ネコ類のなかでもっとも社会的なライオンとほぼ同様な行動をとる 野ネコの雌は相互扶助的に子育てをする
コロニー内の他の雌が産んだ子に哺乳したり保護したりする
さらにイエネコは「尾を立てる」という新しい行動を進化させている
ヤマネコは社会性が低く、この行動はまったく見られない
これは収斂進化の一例だが、ライオンとイエネコは共通祖先をもっているので、収斂進化が起こるのも当然ともいえる 尾を立てる行動は、ネコ科動物のなかでも社会性のかなり高いものだけが進化によって獲得できる行動レパートリーの一つなのだ
尾を立てる行動に必要な遺伝的変化は最小限ですむのかもしれない
これもまた、進化の創造性が保守的であることを示す好例である
ニャーと鳴き、のどをゴロゴロ鳴らし、そして前脚をこねるように足踏みするという大人のイエネコが見せる行動は、いずれも子ネコの行動がそのまま残ったもの
ヤマネコの大人にはこのような行動は見られない
足踏み行動は非適応的(自然選択に関して中立的)で、単に子供の頃の行動が残っただけだが、のどのゴロゴロやにゃーという鳴き声は重要な社会的シグナルである
ベリャーエフは、家畜化の過程においては従順性が増すという行動面での変異がまず見られ、身体的な変化は遅れて見られる、という仮説を立てたが、イエネコがこの仮説の証拠となるのは間違いない イエネコは被毛という体の表面のことを除けば、身体的には野生の祖先たちに未だにそっくりなのだ
キツネの実験では、人為選択を何度も繰り返すことにより従順性が現れてきた オオカミでは、そして特にヤマネコでは、従順性は人間の作り出した環境下で、自然選択によって創り出された ヤマネコにとってはオオカミと異なり、克服しなければならない心理的な障壁がもう一つあった 穀物倉のそばに行けば、そこに集まってくる他のヤマネコたちに近づいてしまう
他の個体に近づいたときに生じるストレスが比較的小さく、社会性が比較的高いヤマネコだけが、この新たな資源を十分に利用することができたのだ
イヌ的世界の中のネコ
家畜化された動物たちに対する人間の扱いには、時代や文化によりさまざまなバリエーションがある
地域によっては食べられたり可愛がられたりする
だが、イスラム文化を注目すべき例外として、イヌは概して不潔なものや不浄なものだとされることはなく、不名誉に値するものだともされていない
人類の歴史全体、また種々の文化を全体的に見て平均すると、イヌが喚起する感情的な反応は、中立ないし肯定的なもの
ネコはもっとアンビバレントに見られてきた
西アジアではネコは長らく女性の性的能力や生殖能力と結び付けられていた
このようなネコ観はヨーロッパの異教の多くにも見られた
キリスト教が広まったことで、ネコは悪魔の手先であり魔術と密接に関わっていると考えられた
中世の時代、イエネコはひどい方法で拷問された
現代社会ではネコは最も人気のあるペット
だが最近、米国で行われたある調査によれば、ネコはいまだにイヌよりも否定的に見られている